娘の机にある勉強に関係ないものを全て捨てました。
教育でもなければ断捨離でもなく、ただ怒りにまかせて捨てました。
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このところ私の仕事が忙しく、家に帰るのが21時過ぎになっていました。
娘たちは自主的に宿題や次の日の準備をするタイプではないので、職場から家に電話して宿題をするように言いました。

家に帰ると子供たち3人で遊んでいます。
21時過ぎなのに、お風呂も入っていなければ歯も磨いていない、宿題もしていない。
その日にこっぴどく叱って、翌日はちゃんとやるべきことを済ませてから遊ぶようにと伝えました。

翌日も私は仕事で遅くなりました。
その日長女は習い事があり、19時半ごろに家に着き、そのころから夕食を食べ始めたはずです。
20時過ぎに夫に電話すると、「まだご飯食べているよ」とのこと。
いつもTVを見ながらご飯を食べて、TVに集中して手が止まってしまうのです。
どうせこの日もそんなところでしょう。

もう寝なければならない時間になっても夕食が済んでいない娘にも、
「宿題やれだってよ~」「ママに怒られるよ~」と口で言っているだけの夫にイライラしつつ家に帰りました。

私が帰る直前に、怒られまいと焦って机に向かったにもかかわらず、ずっと宿題していましたと言わんばかりの顔の娘。
全然終わっていないので「なぜこんな時間までやらせないでおいたか?風呂にも入れていないのか?」と問い詰められ、「俺はやるように言ったけど、全然やらないんだもん」と悪びれもしない夫。

そのまま怒りにまかせて、娘の机の上のものを全部ゴミ袋に入れました。
「勉強机に勉強するもの以外のものは必要ないでしょう!」
「こんなものがあるから、遊んじゃってやらないんでしょ!」
「約束を破ったから捨てます!」


娘の反応。

机にあったものがなくなって、多少のショックはあったでしょう。
しかし、ちゃんとやることをやらずにいた反省よりも、私に怒られてヤバい!という気持ちの方が勝っているのだと思います。
娘が大事にしているであろうものも捨てても「あ~あ」程度なのです。

娘たちは欲しいものは比較的何でも手に入る環境にいます。
私もすぐ買い与えてしまうし、私の母もすぐ買ってきます。
何か捨てられても、ほかのものがあるからダメージがないのかもしれません。

私の反省と決意

私はつい、子どもたちの喜ぶ顔が見たくて何でも買い与えてしまいます。
マックのハッピーセットのおもちゃだって全種類揃えてあげたくて、自分の昼食を毎日マックにしてしまうバカ親です。
誰かの誕生日には、プレゼントをもらえない残りの二人が可哀想でつい同じようにプレゼントを買ってしまいます。
メジャーなおもちゃは買ってあげたくて、女の子だけどトミカはあるし、プラレールもある。
その積み重ねでオモチャは山のようにあって、遊ぶものに困っていない。

欲しいものが何でも手に入る環境は、我慢する心を育てないのではないか?
1つ失っても、次があるからいいやと物を大事にする心が育たないのではないか?
そんなことを自分でも気づいてはいたけれど、娘の喜ぶ顔を前にして見て見ぬふりをしていました。
目先のことをだけを見て、娘の将来をないがしろにしていました。

娘ももらった瞬間は喜ぶけれど、2.3日もすればその辺に転がっています。
これはいかがなものか・・・。
子どもは何にもなくても段ボールや折り紙やなんであっても自分で創造し、自分で遊びを見つけます。

「子どもの喜ぶ顔が見たい」はただの私の自己満ですね・・・。
机の上の物、引き出しの中の物、私が買い与えた全てをゴミ袋に入れても心に響かない。
それは子供が心から望んで手に入れたものじゃないからかもしれません。

もう、無意味に買い与えることはやめます!
誕生日などのイベントでもない時に、買い与えることはやめます!

一時の感情より、一生ものの心を育ててあげる。
親の役目を果たせるよう、私も努力したいと思います。